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神戸地方裁判所 昭和28年(ワ)345号 判決 1954年3月19日

原告 山本松太 外一名

被告 学校法人聖心女子学院

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告山本松太に対し金六万四百三十二円を、原告山本さとに対し金三万二百十六円を支払わねばならない。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、

「原告等は昭和二十一年六月六日から兵庫県武庫郡良元村小林所在被告学校にクリーニング掛として就職し、昭和二十七年十二月二十日退職したが、その退職時の賃金は現金給与として原告松太は八千円、原告さとは四千円、現物給与として原告松太は食事及び住宅、原告さとは食事を供与せられていた。ところで、被告学校はその退職規定で、退職金として退職時の給与(現金給与と現物給与を含む)に勤務年数を乗じた額を支給することとしているにも拘らず被告学校は原告等に対し退職金として現金給与のみを基準とし、現物給与分に対する退職金を支給しないので、その支払を求むべきところ、右食事及び住宅費は金銭に見積ればいずれも一ケ月三千円を相当とするので、被告学校に対し原告松太は右食事及び住宅費合計六千円に右退職規定による割合六、五を乗じた三万九千円、原告さとは右食事費三千円を基準として右割合による一万九千五百円の支払を求めると共に、原告等は右勤務期間中有給休暇四十六日を有するところ、その日数に相当する賃金の支払を受けていないので、被告学校に対し原告松太は右四十六日分の賃金(退職当時の賃金月額一万四千円の三十分の一の四十六倍)二万千四百三十六円、原告さとは同日数の賃金(前同月額七千円の三十分の一の四十六倍)一万七百十八円の支払を求めるため、本訴に及んだ」と述べ、被告の抗弁事実を否認した。(立証省略)

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、

「原告等がその主張の日被告学校にクリーニング掛として就職し、その主張の日退職したこと及びその退職時の現金給与が原告等主張の通りであること、被告が原告等退職当時原告松太にその主張の住宅を無償で使用せしめかつ、原告等に食料を給与していたことは認めるが、その余は否認する。

退職金算出の基準たる退職時の給与とは現金給与のみを指称し、現物給与を包含するものではない。仮にそうでないとしても、被告学校は山上にあつて、従業員の通勤や日常食料品の購入に不便なため、特にその便宜と福利を考慮して、福利厚生施設として住宅と食事を供与しているのであつて、かかる福利更生施設は賃金ということはできないから、これは退職金支給の基準となるものではない」と述べた。(立証省略)

理由

原告等がその主張の日被告学校にクリーニング掛として就職し、その主張の日退職したこと及びその退職時の現金給与が原告等主張の如くであることはいずれも当事者間に争がない。

そこで、まず原告主張の食事及び住宅供与が退職金支給の基準となるかどうかにつき考えるのに、成立に争のない乙第一号証と証人徳光マツ、同深堀光幸、同熊井考作の各証言並びに弁論の全趣旨を綜合すると、被告学校は昭和二十七年七月退職規定を設け、退職金支給金額を退職当時の給与に勤務年数を乗じた額以内と定めたが、右給与とは現金給与のみを指称し、所謂現物給与などはこれに包含せられないこととし、原告等を始め全従業員にこの旨を諒承せしめていることが認められ、右認定に反する原告松太本人の供述は措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はないそうすると、原告等主張の食事住宅が現物給与として所謂賃金に該当するか否かを判断するまでもなく、現物給与は退職金の基準とはなりえないものであるから、これを前提として退職金の支払を求める原告等の請求は失当といわねばならない。

次に、有給休暇の点につき考えるのに、原告等は右勤務期間中有給休暇四十六日を有すると主張し、原告松太本人は右事実に副う供述をするけれども、これは後記各証拠に照し当裁判所の信用しないところであり、他に右事実を認めるに足る証拠はない。却つて、成立に争のない甲第一号証の一乃至二十二と証人徳光マツ、同熊井考作の各証言並びに原告松太本人尋問の結果の一部を綜合すると、原告等はその職務たるクリーニングが多忙なため、休日を休むときは、残務が山積するので、時には任意に日曜日までも労働していた状態であつたので、原告等は前記退職に至るまで友人の結婚式列席という必要やむをえない場合の外は被告学校に対し有給休暇を請求せずに労働し、被告学校からこれに対し通常の賃金が支給せられていたことが認められる。そうすると、原告等のそれまでに行使されなかつた休暇請求権は遅くとも右退職と共に消滅したものというべく、原告等にはもはや有給休暇の存在を主張する権利はないのであるから、原告等が有給休暇四十六日を有することを前提とする原告のこの点に関する請求も亦失当といわねばならない。

よつて、原告の本訴請求はすべて失当であるから、これを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石井未一 大野千里 中田四郎)

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